左も右に首を振りっぱなしなのも疲れるので、とりあえず「知る」ために書籍を読んでみる。
ビルマ戦線で最後まで生き残り、戦後イギリス捕虜となってラングーン地方の捕虜収容所に二年間捕虜生活を強いられた著者が当時の記憶と日記(当然メモ帳なんて支給されないからこっそりトイレットペーパーに書いていた)による、捕虜当時の私人としての感想と客観的に見ようとした時の心情を可能な限り再現した名著である。
ちなみに初刊行が昭和37年、文庫版が昭和48年発行っていうから相当古い本である。こういった本がまだ当時そのままの内容で新品で手に入る辺りは評価されるべきだろう。ただその分仮名づかいがちょっと古いので、ある程度古い漢字が読めないと読みづらいかも知れない。
書いておくが著者は「当時から開戦の大儀も懐疑的であったし、現地に到着してからの武装及び支給は粗末極まりない始末だった」と述べており、別に全く右寄りの人では無い事は断っておく。
会田 雄次
中央公論社
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それにしてもこの内容の鮮烈さはどうだ。始めの三分の一はイギリス人と日本人との違いにあまりに本気でクラクラする、精神的に読むのが辛い位だ。「人種差別」という事の本質をこの年齢でようやく理解するとは思わなかった。「人種」の中で差別するんじゃなくて、もう「人間」と「家畜」の間に入るようなもん(家畜と同等かも知れない)なのですな、本物は。
思えば「イエローモンキー」という言葉は揶揄で無く、本気でそう思ってた奴も多かったのでは無かろうか(ルーズベルトは「日本人は人間と猿との混血説」を信じていたとする怪しい説もある、その割には本人は親華派ではあるが)。日本も「鬼畜米英」と言っていたが、これについて「本気でそう思っている者はほとんど居なかった」と作者が述べている。ここで注意すべきなのは「あくまで作者の周り」の話であることね。
ちなみに有名な「戦陣訓」の「本訓 其の二:第八 名を惜しむ」にある一節。
> 恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。
というのは戦後散々批判され、これを発行した東条内閣が激しく批判されたのも有名ではあるが、書いたのは「東条英機」本人では無いし、Wikipedia:戦陣訓にあるように本来の趣旨と全く逆に言われている事も書いておこう。
でもコレに限らずシベリア抑留や中国での思想改造(日本人捕虜のみならず朝鮮・ベトナム戦争時にアメリカ人捕虜も共産主義洗脳を受けている)なんかの話を聞くと、どっちにしろ捕虜としてまともな扱いを受けた人々はまだ幸いだったのかも知れない。アメリカ軍捕虜は結構待遇が良かったらしいが(この辺り未確認)、戦争初期には「日本軍の遺骨を本国に送って記念品にした(「ライフ誌」の表紙にもなったり、後に軍から禁止行為が通達)」という事実もあるからなんとも言えん。無論日本が他国軍捕虜に行ったと言われる残虐行為も看過すべきではない。
後半近くになるこの状況下においてもなお生きていく日本軍捕虜、そしてビルマ人、グルカ人、インド人等の人間観察など割と読みやすく、面白くなってくる。日本人についても著者自身が述べているが、「今の日本人が失った物」が散見される以外に、本質的に良い所と悪い所が今とあんまし変わらないような気もしてなぜだがちょっと安心したりもして。民族性ってのは数十年の年月やGHQが行ったWGIP(War Guilt Information Program、詳しくは各自ググって調べる事)位じゃ変わらんもんだなぁ、と。
ここ最近はWGIPの洗脳からようやく解放されつつあるような気がする。青春時代を戦争真っ只中に過ごしたうちの母の話を聞くとWGIPの効果も絶大であるな、とは思うが大本営発表の嘘っぷりも相当なもんだから仕方ないような気もする。でも話すと色々面白いよ、大東亜戦争前に既に日本でキリスト教徒でも無いのにクリスマスを祝う事があった事も判るし(さすがにケーキまでは出ない)
ちょっと話が脱線気味になったので戻すと、要するにこの本は「戦後間も無いビルマでの各種人種の観察日記」と言ってもいい。右の人には日本が掲げた「大東亜の解放と独立」という大儀、左の人には日本人捕虜が受けた惨い仕打ち(「人間として扱われない」というのは、まだ拷問を受けるより辛いのがよーく判る)や各種アジア人が日本軍に対してどういう態度を取っていたか、などを改めて問い直せる名著であろう。なんというか「読んでおいて良かった」と思わせる内容である。
個人的に、一番印象に残った一説を引用しておく。
> 無意味で過重で単調な労働の連続は、やがて兵隊たちの反抗心を失わせ、希望をなくさせ、虚脱した人間にさせていった。半年もたつと収容所の門で、飯盒と水筒をもち、腰をおろして出発命令を待っている兵隊の顔は、なんとも異様なものになっていた。みんなだまりこくって、ぼんやり地面をながめている。兵隊につきものの猥談も出ない。
> もう雨期で雨合羽には音をたてて大きい雨がたたきつける。立っているのは嫌だ。みな雨合羽のまま泥の上に並んで腰をおろしている。泥水がしみこもうが、雨水が背中へ流れ落ちようが、もうどうでもよいという調子である。何かのときふとそれを見ていた小隊長が、驚いたように私に言った。
> 「捕虜だ、みんな。これが捕虜の顔だ。みんなまったく同じ顔だ。」
…果たして今の日本人はみんな違う顔をしているだろうか。出勤ラッシュの時なんかみんな同じ顔をしていないか。今は本当に平和で幸せなのか。そんな事をこの一節から強く感じた。
しかし後書きで英語版の発行に関してイギリス人から「日本軍もイギリス人捕虜に対して残虐行為を働いていた!」と批判が相次いだらしいが、やっぱり根本的な所から分かり合えない人種なのかなぁ、翻訳がまずかった(あるいは英語では著者の意図が伝わらなかった)可能性もあるけど。