[心境]先に逝っちまったアイツ

2009年8月13日夜、オレはお台場ガンダムの屋台前にあるベンチで座って一休みしていた。ライトアップされたガンダムはそれはもう「異質感」がもの凄かった。昼間にも一回来て見たのだが、夜のガンダムはまた違って見えて「思い切って東京に来て良かったなー」とつくづく思っていた。なにせ実際に行くと決めたの前日だし。

ここでふとiPhoneを見ると電話の着信があった事に気づく、時間は20分ほど前、ガンダムに浮かれて気づいてなかった様だ。相手は高校からの親友だが、ここ数年は滅多に話す機会も無い奴。「何故今頃電話が?」と思いつつこちらから電話をかける。

…釧路在住の友人が自殺した、と奴は言った。既に死亡から一ヶ月以上経ってからの発見だとも。

言っている内容は理解出来るのだが、あまりに現実感が無い。目の前には等身大ガンダムが立っている。視覚的にも聴覚的にも現実感がもの凄く希薄だ。ベクトル方向は正反対だが「信じられない」という思いが視覚と聴覚から両方に一気に襲ってくる。

そのときにはまだ詳しい情報が入ってなかったのだが、実際には既に通夜が始まっていて翌日は葬儀だったとのこと。形式としては「友人葬」、まぁ一種の密葬みたいなもんだろう。電話を聞いた時点ではいつ通夜が始まるかすら判らないし、「友人葬」でやるという事しか聞いてないので速攻で戻って通夜なり葬儀に参加するのも不可能に近い。そもそも身内の電話番号を知らないし、正直今このタイミングでかけるのもキツイ。

まるで現実感の無いままに、別の友人に電話をしたが留守電だった。伝言ゲーム状態になったらアレなので「詳細はXXに聞いてくれ」とオレに電話してくれた友人にかけるよう吹き込んでおいた。

しばらく動きたくたくない気分だったが、動かない事にはホテルに戻って体を休める事も出来ない。重たい体を引きずる様にホテルに戻った。思う事はあるのだが全然実感が湧かない。

翌日はコミケ一日目のサークル参加で、話を聞いたサークル主からは「通夜とかあればそちらを最優先して下さい」という有り難い言葉も受け取ったのだが、何にしろ今は通夜の日時も全然判らないので予定通りコミケに行く位しか出来ない。仕方ないので明日の準備をして就寝。

…眠れない。ふと思い立ってmixiを見てみたらそこにはアイツの遺書があった。正確に言うとmixiで自殺直前に本人が非公開の日記を書いて、遺書に「某氏はコレを見たら日記を全体公開にしてくれ」と有ったので、それで某氏が日記の設定を変えてようやく日の目に出たと言う事らしい。

そこにある内容は、納得出来る様でいて到底納得出来ない物であった。矛盾してるが全くその通りだ。それが理由になるのか? そこは行間を読め、という事なんだろう。心当たりが無い事もないのだが、あまりに急すぎる。「置いていかれる」というのはまさにこういう事か、と思った。その後悶々としつつも無理矢理寝る。

8月14日朝、普通にコミケ一日目のサークル参加。とは言っても「生まれて初めての本コミケでかつサークル参加」なので色々刺激的である。そのことが逆に辛い事を考えなくて済む。

コミケ開場、サークルの新刊が妙に売れ行きが良くて結構忙しい。休憩を取って周りを歩いても色々と新鮮で(コミケってサークル参加だと割と楽)刺激的ではある。携帯はSBMという事もあり電波がサッパリ入らない、事前情報の通り。

昼近くに余裕も出来たので、歩き回ったついでにちょっと外に出てみると電波が繋がったようで電話が入ってきた。昨日の件で一気にお祭り状態から現実に引き戻される。立て続けに電話を貰ったがやはり昨日入ってきた以上の情報がサッパリ無い。みな当惑しているようだ。

それにしてもこんだけシリアスな内容の電話の締めに「ビッグサイトに居るんだったら本を買ってきてくれない?」とか連続して言うなや(汗) おかげでちょっと救われた感もあるのだが。

そんな中、一人珍しい人から電話がかかってきて「こっちに来てるんでしょ」とか言われた。へ?いや「ビッグサイトに居るんだって?」って誰だよそこまで情報漏らしてるの(汗)というかいつの間に東京に居るんだアンタは(後に理由判明、割愛)「今晩弔い酒やらない?」と言われたが、予定が入ってるので丁重にお断りする。というか飲めない。そういう理由で飲んだら酷い事になるのが目に見えてる。

そいつから「あんたも勝手に死んだら許さない」と言われて、「あぁまったくその通りだ」と思った、同時にちょっと泣きそうになった。それはオレが今抱いている感情そのものじゃないか。逆にそう言ってくれる人が居る事が有り難い。しかし「勝手に死ぬなんて許さない」なんて、それこそ死んだアイツが一番言われそうな言葉なのだが、それくらい人望があったというのに。

その後はまぁ普通に、何しろ情報がサッパリ入って来ないので行動の取りようがないのだ。ので色々と予定していたイベントをこなすなどする。アイツの話が無かったら躁状態に入って酷い事になってた気もするのだが、この件があったので割と普通に物事が進んでしまったような気もする。実際どうだか分かんないけど。

そんな訳でそのまま札幌に戻る。アイツの件で電話があったらマズイので家族に事の詳細を話す。意外に冷静に話してる自分にちょっと驚いたり。まだ現実的に見てない証拠なのだろうか。

札幌に戻ってきてからも何回か友人から電話、なんか「アイツのPCの中身をオレが処分する」みたいな話を聞いてオイオイと思う。完全消去するのはいいけど、正直中身なんて見たくねーよ…。

ここで意を決して、例の遺書を代理公開した人にmixiで事の詳細をメッセージで送る。幸い返事はすぐ帰ってきて「地元の友人で後始末をやってるので何もしなくてOK」との事。例を言って、さらに身内の連絡先も判ったのでそちらにもメッセージを送っておく。札幌への無言の帰宅は8月21日となったらしい。

さらに8月の最終週、「8月30日に『送る会』を某斎場でやるから」という連絡が入る。当然参加。

そして当日。遺影にはアイツの顔、周りには遺品、中央には遺骨。この辺りでやっと実感が湧いてくる、アイツはもう居ないのだな、と。参加者の顔ぶれを見てると泣いている人はどちらかというと身内で、友人関係はどちらかと言うと険しい顔をしているのが気になった。多分オレも険しい顔だったのだろう。

一通りの儀式が済み、休憩所で久々に友人と語る。中には10年以上会ってない奴らも居て懐かしい。誰もあまり悲壮そうには見えない。多分オレと同じ気分なのだろう。といきなり老人の男性に声をかけられて驚いたらなんと高校の担任であった。正直「ご存命でありましたか!」と言いかけたのはナイショだ。ご健啖で何より。

その後半分以上の友人が帰り、残った面子で食事会。オレはいわゆる「友人」テーブル。ここでようやく友人の遺体が発見された経緯を知る。それはなんというか友人が「もう死んで一ヶ月経ってるんだからいい加減発見しろ!」と言ってるような、妙な天の声のような出来事でちょっと笑ってしまった。こういう事もあるもんだなと。

友人テーブルでは終始昔話で笑いが耐えなかった。だってそうだろう、楽しい想い出ばっかりだもの。とりあえず誰かが不慮の事故やらなにやらであちらの世界に行ってアイツに会えたら「まずは一発ぶん殴る」という事に意見が一致、その前に既に亡くなったお世話になった方々から「お前コッチに来るの早すぎるんだよ」とか言われてボコボコにされてる可能性も大だが。

とりあえず一発殴った後はゆっくり話を聞いてやろうと思う。

その後は遺族の方と遺品を見て色々と想い出話。最後に線香を上げてお開きとなった。毎回言ってる事なんだけど、とかく葬式くらいしか友人が集まらないのだよね…、結婚しても披露宴やらないのが割とフツーになりつつあるし。みな忙しいのは判るけどちょっと寂しい。

そんな訳でこの話は終了である。個人的な推測ではあるが、友人間に共通してるのは「オレに何の断りも無しに勝手に死にやがって!」という想いでは無かろうか。そりゃ事故や病気じゃ仕方ないけど、自殺だったらナンボでも話を聞いてやるし、実際オレは昔出張のついでにわざわざ会いに行った事もあるかんね…。

でもその一方で「死ぬ事を選択した」という事について今更意義を挟む気にもなれない。いや挟みたいんだけどもう手遅れだしな。せめて「選択した」という事実だけは分かってやりたい。そんな気分。少なくともオレは今「自ら命を絶つ」なんて選択肢はどこを振っても出てこない、アイツには出てきた。そういう事は考慮すべきだろう。

そんなオレはアイツの死に対してほとんど泣いてないのです。これを書いてる時点で少し目が潤んでるくらいで、どちらかというと「アイツはまったくもう!」という気分しかない。人はそのうち死ぬ。「どうやって死ぬか」ってのがもう早速に見えてきているので(アラサーで死ぬ人も増えて来たし)そういった事にある程度理解が出来てるのかも知れない。

そういった意味で「自殺」はねえだろうと。それを選んじゃった時点で泣いてやらねえよ、という気分ですか。

いつか号泣するかも知れないけど、まぁとりあえずはサラバだ。それ以外に言う事はないし、言える事もない。願わくばアイツがこれ以上苦しまずに済みます様に。

ところで日本での「自殺者数」は年間三万人の状態がずーっと横ばいで、一方「不審死」が年々増えているという妙な状況になっているそうだが(つまり実際の「自殺者」そのものは現在かなりの数に上っている可能性がある)アイツはどっちにカウントされたんだろうか…。

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